開発現場で見た革新の輪郭、設計者が語るBBSの新たな挑戦。

新素材「フォルテガ」誕生までの道のりには、幾重もの試行錯誤と、
それに応答する設計思想の刷新があった。BBSジャパンが総力を挙げて挑んだ、
10年にわたる革新の記録を設計現場の声とともに追う。

ホイールの理想像を問い直す、素材から始まった挑戦。

 BBSジャパンが送り出した新たなホイール「フォルテガ」。それは素材開発から10年の歳月をかけた、まさに技術と情熱の結晶である。開発プロジェクトの中心人物の一人、開発本部 設計部の横川貴行さんに、フォルテガ誕生に至るまでの道のり、そこに込められた思想と挑戦についてお話を伺った。

 独自の鍛造製法でホイールを生み出してきたBBSジャパン。現在は、モータースポーツの最高峰F1の舞台にワンメイクサプライヤーとしてホイールを供給するなど、名実ともにこのカテゴリーのトップランナーである。なぜBBSのホイールが重宝されるのか。それは、「軽くて丈夫」という自動車部品としては極北のような存在だからだ。自動車にまつわるさまざまな指標のうち排気量やボディマスにはトレンドがあり、時代とともに移り変わる。しかし、重量への考え方は一切ブレない。つまり、剛性が同じなら軽いほうがいい。BBSでは、その要求に応えるアプローチとして、新素材を使ったホイールを手がけてきた。そのひとつが超超ジュラルミン。超超ジュラルミンは、JIS規格で7000番系に分類されるアルミ合金である。ところが今回のフォルテガはイタリア語の「強い」を意味する「Forte」と「合金」を意味する「Lega」からなる造語だという。これは、単なる材料置換ではなく、ホイールに求められる機能を再分解し、検証するところからはじまったことを意味する。

 横川さんがBBSジャパン(当時は前身のワシマイヤー)の門を叩いたのは、今から22年前。地元富山でF1をはじめとするモータースポーツ用ホイールを手掛ける企業があることを知り、募集期間終了後にも関わらず熱意を伝え、そのキャリアをスタートさせた。以来、設計畑一筋。2023年12月からは設計部の部長として、アフターマーケット製品からモータースポーツ用ホイールまで、BBSジャパンの設計全般を統括する立場にある。

 フォルテガプロジェクトへの参画は、彼にとってごく自然な流れであったという。しかし、そのプロジェクトが「材料からの見直し」という、ホイール開発においては異例とも言える規模で始動したのは、今から約10年も前のことだった。それは、同社が超超ジュラルミンホイールを世に送り出し、マグネシウム鍛造ホイールの量産化に成功する過渡期にあたる。超超ジュラルミンで一つの到達点を見た開発陣が、次なる挑戦として見据えたのが、フォルテガへとつながる新素材の開発だったのだ。

 プロジェクトの初期段階で描かれたターゲットは、明確だった。それは、今後ますます増加すると予測されるバッテリーEV(BEV)や大型SUVといった、大重量車両への対応である。自動車部品開発において、材料からの見直しは極めて大掛かりなプロジェクトとなる。通常は既存材料の範囲内で設計や製造方法を工夫することで課題解決を図るのが一般的だが、なぜBBSジャパンはあえてその困難な道を選んだのか。

 大重量車に対応するホイールは、既存の6000系アルミニウムでも製造可能だ。しかし、それではホイール自体が重くなったり、スポークが太くなったりするなど、デザイン上の制約も生じる。ホイールが重くなれば、乗り心地の悪化や運動性能の低下は避けられない。それは、BBSが長年培ってきた「軽くて丈夫」という鍛造ホイールのメリット、そしてユーザーがBBSに求める価値を損なうことになりかねない。

 「それだと鍛造のメリットってないよね、BBSのメリットってないよね、となってしまう。やっぱり乗り心地は最低限量産車よりも保証したい。そのためには軽くしたい。でも剛性も上げたい。本当に、剛性と軽量って相反するところなんです」

 と横川さんは語る。この相反する要素を高次元で両立させるために、新素材開発は不可欠な選択だったのである。

 さらに、プロジェクトの意義の一つに設計者としての「成長」も挙げる。既存の枠組みの中での設計は、ある意味でルーティンワークともなり得る。しかし、新しい領域に挑戦し、未知の課題を克服していくことこそが、技術者としての成長を促し、新たな価値創造につながる。そして、BBSジャパンが目指すホイールの理想像を実現するためには、既存材料の延長線上ではない、根本的なブレイクスルーが必要だと判断されたのだ。

 フォルテガの核心となる新素材。その鍵を握るのは、アルミニウム合金の配合である。「アルミ」といっても、実際にはアルミニウムにマンガンやシリコンなどを添加した「合金」である。この含有量を変えることで、金属材料の剛性を示す指標の一つであるヤング率を向上させ、たわみにくい、つまり剛性の高いホイールを生み出すことができる。フォルテガ材では、従来のアルミ合金と比較して材料単体で約10%の剛性向上を実現したという。

 添加物の配合を調整したアルミ合金自体は、存在するものだ。しかし、それをそのままホイール製造に適用できるほど単純な話ではない。鍛造工程では、高い圧力をかけて金属を成形するが、剛性が高いと材料の伸びが悪くなり、割れやすくなる。その後のスピニング加工や熱処理においても、配合バランスによっては熱処理時間が極端に長くなるなど、生産性に大きな影響を及ぼす。さらには、塗装の乗りやすさといった表面処理の観点からも、最適な配合を見つけ出す必要があった。

 これらの課題を克服するため、BBSジャパンは材料サプライヤーや大学の研究機関と連携。アルミ合金の成分配合を無数に試し、試作と評価を繰り返した。剛性を高める成分の長所を最大限に引き出しつつ、他の成分とのバランスを調整し、製造プロセス全体で最適な特性を発揮する独自のアルミ合金を開発する。この地道なトライ&エラーに、実に10年もの歳月が費やされたのである。

 「僕たち社内だけでは話が収まらなくて、特に今回の場合はアルミニウムの製造をしてもらっている供給会社さんにも協力してもらいました。さらに、研究機関である大学でも材料成分を見ていただきました。そして、できた材料に対して材料の性能がちゃんと出ているかという確認を、何回もトライ&エラーをしながらやらなきゃいけない。とにかく大規模で、僕たちだけでは進まなかったでしょう」

 BEVは、アクセルを踏んだ瞬間に最大トルクを発生するという特性を持つ。これは、従来のエンジン車とは比較にならないほど大きなねじり荷重が、瞬間的にホイールにかかることを意味する。こうした新たな負荷に対応するため、フォルテガでは材料だけでなく設計思想も見直された。

 例えば、スポークの数を増やすことで、回転方向のたわみにくさを向上させる。フォルテガの「FL」では、メインスポークに加えてサブスポークを設けることで、この回転方向の剛性を高めている。こうした設計上の工夫は、単に強度を確保するだけでなく、BBSらしいシャープなハンドリング性能にも貢献する。ハブ取り付け面についても、形状的な見直しにより、剛性向上を図っている。

 生産面での挑戦もあった。BBSの鍛造技術の特長の一つに、均一で微細な金属組織(鍛流線)がある。しかし、新素材では、熱処理の仕方によって結晶粒が粗大化しやすく、鍛造のメリットが損なわれる可能性があった。これを解決するために、鍛造時の加熱温度や時間をはじめとする熱処理条件を最適化。新素材の特性を最大限に引き出しつつ、BBSならではの高品質な鍛造を実現するためのノウハウを蓄積していった。この材料開発と並行して、試作用の金型を用いた評価が行われ、量産金型へとフィードバックされていった。

 新素材開発という前例のないプロジェクトは、設計者にとって大きなやりがいであると同時に、常に不安と隣り合わせでもあった。

 「先が見えないので、どちらかというと、いつメドが見えてくるんだろうという不安ですよね」

 横川さんは当時の心境を率直に語る。

 研究開発には莫大なコストと時間がかかる。それが必ずしもすぐに成果に結びつくとは限らない。会社として、いつまでこのプロジェクトに投資し続けてくれるのか。エンジニアとして、本当にこの挑戦を成功させることができるのか。そうしたプレッシャーは、特にBBSジャパンへと社名が変わり、新たな体制でスタートを切った時期だったこともあり、より大きなものだったという。「極端な話、開発中止だ!みたいなことにもなりかねないですからね」という言葉からは、当時の緊張感が伝わってくる。

 プロジェクトのフェーズは、大きく「材料の立ち上げ」「試作」「製品設計」「製品試作」と分けられる。それぞれの段階で様々な困難があり、それを一つ一つ乗り越えていく。明確なゴールとして設定されたのは「乗り心地」。そして、最終的な製品強度試験をクリアした時、ようやく一つの達成感を味わうことができたという。

 「最終的な確認をする上で、強度試験があります。そこで割れてしまったことも過去にはあったんです。今回も、それをクリアしたとき、やっとホイールができたなという達成感がありましたね」

 特にデザイン的にスポークを細くすると、見た目の華奢さだけでなく、実際にウィークポイントとなり衝撃性に影響する。それに耐えうるデザインと形状を何度も繰り返し作り直し、最終的に合格した時の喜びはひとしおだったと振り返る。

新素材によって実現した、新しいデザイン文法。

 フォルテガで採用された新素材は、設計の自由度を大きく向上させた。それは、デザイナーにとっても新たな表現の可能性を広げることを意味する。開発本部 先行開発部 上田絵璃奈さんも、この新素材の登場によって、これまで実現できなかったデザインに挑戦できるようになったと語る。

 例えば、フォルテガ「FL」のスポークデザイン。メインスポークとサブスポークを組み合わせることで、装着車両の車格にマッチする重厚感と、同時に回転方向の剛性を確保するという、デザインと機能を高次元で融合させている。また、従来は応力集中の観点から丸みを帯びていた取り付け穴周りなども、新素材の採用によってエッジの効いたシャープな造形が可能となり、力強さを表現できるようになった。

 さらに、コンケイブにおいても、従来はブレーキクリアランスや設計の汎用性を優先し、意匠との連動性まで踏み込めずにいた部分があった。しかし、フォルテガでは、素材の進化によって強度に余裕が生まれたことで、より大胆なコンケイブデザインを採用。光の当たり方で表情を変え、ホイールの立体感を際立たせることに成功している。

 これは、エンジニアリングとデザインが、素材という共通言語を通じてより高いレベルで融合した結果と言える。横川さんは「(新素材により)設計の自由度は増します」と語り、上田さんの「今までは挑戦したいデザインがあってもなかなか難しかった部分もありますが、今回は狙い通り市販品に反映できました」という言葉に応える。

 超超ジュラルミン開発にも関わってはいたものの、素材開発から製品化まで深く携わったのは、今回が初めての経験だったという横川さん。この10年間の挑戦を通じて得た最大の学びは、「一つの製品を世に送り出すことの大変さ」そして「目先のことだけでなく、一歩、二歩先のことを考えながらものづくりをしていかなければならない」という、ものづくりに対する深い洞察だった。

 では、フォルテガプロジェクトを通じて得られた知見は、今後のBBSの製品開発にどのように生かされていくのだろうか。横川さんは、「軽くて頑丈であること」を大前提としながらも、「走って楽しむという部分をさらに突き詰めていきたい」と語る。自動車の電動化が進み、その役割が変化していく中でも、運転する喜び、操る楽しさという本質的な価値は変わらない。BBSは、ホイールを通じてその楽しさを支え、さらに増幅させていくことを目指す。

 「今後、クルマがどんな駆動形式になろうが、人間の本質なところは変わっていかない。じゃあ、そこをもっと突き詰めて、もっと面白いクルマに、微力ながら、うまく付き合っていけるホイールをつくりたい」

 横川さんの言葉は、BBSジャパンがこれからも変わらずに持ち続ける、ものづくりへの真摯な姿勢と、未来への確かな展望を示している。フォルテガは、その新たな一歩を刻む、重要なマイルストーンとなるに違いない。


写真=中島仁菜 文=編集部 問い合わせ=BBSジャパン 03-6402-4090 https://bbs-japan.co.jp

BBSジャパン 開発本部 先行開発部 上田絵璃奈さんによるフォルテガ材を使ったニューモデルのデザインスケッチ。Y字型スポーク内側のサブスポークやボルトホール周辺の直線を基調とした処理など、これまでにないアプローチが見られる。サブスポークは単にデザイン性を持たせただけではなく、回転方向の剛性を確保する狙いがある。

BMW iX3で純正ホイールとBBS FLを履き比べてみたら、違いは歴然だった。走り出した瞬間から軽快さが際立ち、重たい上着を脱いだような身軽さを感じた。21インチ化にもかかわらず、フォルテガ鍛造で1本約6kg軽量化。特にコーナリング時の反応が鋭くなり、ロールも少なく、ボトムスピードが明らかに向上していた。(写真=小林邦寿)

隣り合うスポークをY字状につなげる「クロススポーク」を得意とするBBS_フォルテガ材を使用したニューモデル「FL」では取り付け穴の間から伸びる大きなY字の中に、小さなYを描く短いスポークがレイアウトされている。立体感を一層引き立てるセレナイトブラウンが用意されている。写真は開発中のマットエボニーで発売時期は未定。

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